日本クラブバスケットボール連盟公式サイト


JAPAN CLUB BASKET BALL FEDERATION

最終更新日:06/03/08

全国クラブバスケットボール選手権大会
  昭和50年(1975年)3月、第1回全国クラブチームバスケットボール選手権大会が、東京都で開催された。日本協会加盟のどの連盟にも所属しない一般クラブチームの選手権大会で、バスケットボール愛好の一般社会人チームが集まり、全国9ブロックの代表男女各16チームがトーナメントで選手権を競った。
  第1回大会、昭和49年度(1974年度)の優勝チームは、男子/甲南クラブ(近畿)、女子/宇女商OG(関東)であった。

全国クラブバスケットボール連盟の設立
  第2回大会以降、東京、愛知、千葉と各地持ち回りで、日本バスケットボール協会の運営で開催されていたクラブチームの大会も、登録チーム数が増大する中、クラブ連盟設立の組織作りの機運が出て来た。
  第9回全国クラブチームバスケットボール選手権大会が、昭和58年(1983年)3月に京都府で開催されたが、その初日の3月20日に会場の京都府立体育館会議室において、全国クラブバスケットボール連盟が設立された。
  初代会長に太田裕祥氏、理事長に馬渡猛氏を選出した。更に常任理事として9ブロックから奥村不二夫(北海道)、今野幸弘(東北)、古島加寿夫(関東)、中島良夫(北信越)、臼井秀明(東海)、藤野英雄(近畿)、山根成之(中国)、稲垣進司(四国)、武藤昌弘(九州)の各氏を選出し、全国クラブ連盟としての活動を開始した。

大会参加チームの変遷
  当大会は、各ブロック代表男女各16チームで開催されていた。昭和59年度(1984年度)に全国で登録するクラブチームが1600となり、翌年度は1800、更に年を追って1900、2200と飛躍的な増加を示し、平成10年度(1998年度)には、2850チームに増加した。
  選手権大会に参加するチーム数も、第1回から第10回までは男女各16チームであったが、第11回から第19回まで男女各24チームとなった。第20回は記念大会で男女各32チーム、第21回から24回までは男28チーム、女24チームで開催、第25回大会は記念大会として男32チーム、女28チームが参加した。第26回以降は男28チーム、女24チームの予定である。

日本クラブバスケットボール連盟への改称
  昭和61年度(1986年度)の理事会で全国クラブバスケットボール連盟は、日本クラブバスケットボール連盟と改称した。従って大会名も、昭和62年度(1987年度)に京都に於ける第14回大会(昭和63年3月)から、全日本クラブバスケットボール選手権大会と名称を変えた。

日本クラブ連盟の組織・役員・運営
  昭和58年(1983年)3月の連盟発足時、太田会長と馬渡理事長に各ブロック選出の常任理事9名と事務局で活動を開始した。昭和63年度(1988年度)から副会長2名、平成元年度(1989年度)から副理事長3名体制とした。
  平成3年度(1991年度)に佐田武夫会長が就任、副会長を3名とし、平成9年度(1997年度)から副会長を5名とした。
  平成7年度(1995年度)に武藤理事長が就任、副理事長1名をおき、2年後に副理事長を2名とし現在に至っている。
  各ブロック代表の常任理事は当初各1名づつ選出されていたが、昭和62年度(1987年度)から6年間、正理事長選出の関東、東海、近畿の各ブロックから常任理事1名を追加選出した。その後現在まで各ブロック1名の常任理事に復した。平成7年度(1995年度)から新しく常任理事による総務、競技、普及の専門委員会を設け、組織の充実強化を図る一方、日本バスケットボール協会の協力を得て、審判委員会を設置し、審判員の養成に力を入れる体制を作った。